#23 『マリメッコの展覧会と、笑顔』

スウェーデン ABCブック

パンデミックに対するさまざまな制約が解除へと向かっていく中で、僕の中でも何かが変わりつつあるのかもしれません。これまではあまり気にとめていなかった街中のイベントにも気を配ることができるようになった、というよりも自然とアンテナの感度が回復してきた、というべきか。気づけば見てみたい展覧会があちこちで行われていることを今更ながら知ったりして。 

そんなわけで、家族で行ってきたのが文化会館。ご存知フィンランドを代表するテキスタイルメーカー「マリメッコ」の展覧会です。企画者兼コレクションの提供者でもあるMaria Jernkvist(マリア・ヤーンクヴィスト)さんが知り合いということもあって、オープニングにお邪魔してきました。 

マリアさんはマリメッコだけでなく、北欧のテキスタイルのコレクターでジャーナリスト。今回、自ら展覧会の企画を文化会館側に持ち込み、このイベントを実現させました。Unikko(ウニッコ)に代表されるMaija Isola(マイヤ・イソラ)の作品が100点以上展示されているほか、Vuokko Eskolin Nurmesniemi(ヴォッコ・エスコリン・ヌルメスニエミ)やAnnika Rimala(アニカ・リマラ)などの代表的なデザイナーのデザインも展示されています。 

いろいろなものの文脈が切り離されフラットになってしまった、今の時代だから、ということもあるけれど、それでもやっぱり驚くのはこれらのデザインが「ほとんど古びて見えない」ということ。マリメッコの創業は1951年。いやあ、さすが北欧におけるプリントテキスタイルの黄金期の作品たちは力強い。 

ちなみにスウェーデンにおいてプリントテキスタイルが独自の発展を始めるのは1930年代と言われていて、それまで輸入していたパリやロンドン発の最新デザインが、ヨーロッパを襲った大戦の影響でストップした、というのがその発端でした。じゃあ、自分たちで作ろう、と新技術のシルクスクリーンの普及を背景に、スウェーデン国内のさまざまなクリエイター(例えば陶芸家や別ジャンルのアートディレクター、建築家など)がインテリアデザインにおける要素のひとつとして、さまざまな優れたプリントテキスタイルを発表、当時の世界万国博覧会がそれらを後押ししていくことで大きく花開いていくのでした。 

さてさて、さすがに場所が場所なので誰に会うかな、と思っていましたが、著名ジャーナリストのUuve Snidare(ウーヴェ・スニーダレ)さんとばったり。テキスタイルのプロ中のプロで、確かにここにいないわけがない、というお方。お互いの近況報告から自然とマリメッコの想い出ばなしに。「1962年だったわ。当時デザインの大学でテキスタイルを学んでいて、仲間の女学生たち18人を集めてヘルシンキ旅行を計画したの。とにかくマリメッコのためだけの旅行。そうそう、朝の9時にマリメッコのお店にいってみんなで買い占めたのよ。それぞれ親戚や友達たちにも買ったからお店が空っぽになっちゃうぐらいだったの」その後、マリメッコの社長とも、素晴らしいデザイナーの人たちともたくさん交流があった、と穏やかな笑みを浮かべながら続けるウーヴェさん。「私の人生にはいつだってマリメッコがあったのよ」。 

会場を見渡せば、難しい顔をしながら見ている人なんかどこにもいません。みんな笑顔。それぞれがかつて、色鮮やかで力強い、悦びにあふれたマリメッコのテキスタイルに袖を通していた頃を思い出し、ふたたびエネルギーをもらっているようでした。言い方は悪いですが、布切れ一枚でこんなにもハッピーになれるのだから、身にまとうことができるテキスタイルとはなんと素晴らしいものなんでしょう。実は実用品/消耗品の側面が強いプリントテキスタイルは往々にしてヴィンテージ品が多く残っていません。記憶だけに残っているあの柄を今もこうして見られるというのは、間違いなく企画者のマリアさんのおかげなのです。 

そんな笑顔の来場者のファッションスナップを最後にいくつか。 

いやあ、素晴らしい展覧会でした。 

ではでは今回はこの辺で。 

Take care. Noritake 

写真・文:アケチノリタケ
スウェーデン生活は、2007年の北極圏のキルナで、極夜のなか幕開け。月日は流れ、今はストックホルム郊外の群島地域で家族3人の生活です。クラフト、デザイン、ライフスタイルの分野を中心に、日本とスウェーデンの架け橋になるような活動をしています。互いの文化の同じ/違うところにふれながら、自分の輪郭がぼやけていくのを楽しむ日々です。
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