#02 さようならセムラ

スウェーデン ABCブック

スウェーデンに来たばかりの時、僕らはこの菓子パン風情のケーキ(?)を、変わったところで初めて口にしました。それは、スウェーデンにきた理由のひとつだったグスタフスベリ製陶所、そこに向かう青い474番のバスの中。バスの始発駅、スルッセン(Slussen)のターミナルは当時、高架下にあり、発着を知らせる電光掲示板のもとには安売りパンの出店がでていました。プラスチックの資材ケースに積まれたパンの袋。コッペパンのようなものが5個で150円とか、そういう感じの店。そして、どういうわけか僕らは乗り込む直前にセムラ2個入りの箱を手にしたのです。はっきりとは覚えていないのですが、その大雑把なかたまりがセムラという名前であること、スウェーデンではとてもポピュラーなものだということ、ぐらいは知っていたようです(バスの中で食べるには適さない、ことを知らなかったのは確実ですが)。結論から言うと、最初の出会いは最悪(ありふれた恋愛ドラマのような)。頬張るには適さない大きさ、こぼれ落ちる粉砂糖、揺れる車内。くわえて慣れない生クリーム(こっちの生クリームは全く甘くないことが多い)。安いセムラだったからなのかわかりませんが、食べ切ることもできず、その日一日、胸焼けと車酔いが混ざったような気分のまま、グスタフスベリの街を散策したのを覚えています。

漫画ワンピースにもでてきたセムラ。ざっくりすぎる言い方ですが、キリスト教にまつわる断食に入る前の食べ物で、2〜3月にかけて市中にあらわれます。もはや宗教的な意味合いはほぼないと言っていい習慣ですが、今もなおこの期間にしか販売されません。最近、新聞で見かけたところによると、フェッティスダーゲン(Fettisdagen)という断食直前の特別な日には約600万個ものセムラが消費されるというのに、です。年中あってもそれなりに売れ筋商品になる気もしますが、それをやってしまっては、というものですよね。

ともかく、最初は悲惨な出会いかたをしたセムラですが、今となっては、イースターが終わり、町中のパン屋、コンディトリーから徐々に姿を消していく(お店ごとの思い思いのタイミングで「冷やし中華はじめました」的な「セムラは今週まで」の告知が出ます)のを見ると、ああ、あそこのセムラをもう一度食べておけばよかった、などとしんみりしてくるのだから不思議です。美味しいお店も増え続けている気がします。

さて、先週は日中8度ほどの暖かい日があり、散歩がてらストックホルム郊外にあるアーティぺラーグ(Artipelag)という美術館に行ってきました。

群島を意味するアーキペラーグ(Arkipelag)とアート(Art)のもじりから付けられた名前の通り、海沿いにあります。私立の施設で、母体は日本でもおかあさん方にお馴染み、抱っこ紐メーカーのベイビービョルン(Baby Björn)です。赤ちゃんとお母さんの体を考えたエルゴノミックなデザインで日本でも有名ですが、スウェーデンのメーカーなのです。この製品の大ヒットで一代で財を成した創業者が文化事業として始めたのが、ここアーティペラーグ。

実は新型コロナ対策の一環で、美術館・博物館など人の多く集まる場所は閉館となっていましたが、ここアーティペラーグはこの日から再オープン。展示自体はまだ復活していないものの、カフェレストラン、ミュージアムショップ、ボードウォークなどの散策箇所は再び扉が開けられました。

中央のエントランスを抜け、美術展への入り口やカフェレストランのフロアの向こうには素晴らしい景色が。

施設一帯の森の中は自由に歩けますが、ボードウォークも用意されており散歩に最適です。アーティぺラーグへの行き方ですが、スルッセンのバスターミナルから468番のHålludden行きのバスで約30分で、エントランスの目の前に到着です。

しばらく自然の中を散歩した後、フィーカでもしようかとカフェレストランに入ると、なんと。

イースターもとっくに終わっていたのに、再オープンだからか、セムラが!

粗挽きカルダモンがきいたパン部分とこれまた粗挽きのアーモンドペーストの食感がまた素晴らしい。これが2021年の食べおさめセムラでした。

Take care. Noritake


 

 写真・文:アケチノリタケ
スウェーデン生活は、2007年の北極圏のキルナで、極夜のなか幕開け。月日は流れ、今はストックホルム郊外の群島地域で家族3人の生活です。クラフト、デザイン、ライフスタイルの分野を中心に、日本とスウェーデンの架け橋になるような活動をしています。互いの文化の同じ/違うところにふれながら、自分の輪郭がぼやけていくのを楽しむ日々です。
instagram
https://www.instagram.com/aurora.note/

RELATED ARTICLES

PICK UP