#08 H:Hemslöjd(ヘムスロイド)
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Hemslöjd
ヘムスロイド
名詞
手作業による日用品、もしくは装飾品。元々は家庭内で自家消費のために作られたものだが、後に販売用として発展を遂げたものも含まれる。
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Hemslöjd(ヘムスロイド)を日本語で説明するのは難しい。やってしまいがちなのは単語での逐語訳だ。Hem(ヘム)を「家」、Slöjd(スロイド)を「手仕事」とするととおりもよく、わかった気にもなる。しかし、どうしても「手仕事」という語のイメージに引っ張られてしまい、芯がずれたしっくりしない感じがする。
南スウェーデンのカゴたち。
引っ張られて何が悪い、という日本語の「手仕事」だが、あなたはその単語にどんなイメージを持つだろうか。2021年の今であれば、なんとなく「丁寧な暮らし」の景色を思い浮かべるかもしれない。この「丁寧な」は大事なキーワードだ。大量生産/大量消費ではない生活様式。ためしに「生活様式」をカタカナ英語の「ライフスタイル」、同様に「手仕事」を「クラフト」に置き換えてみたらどうだろう。突然身近な感じがしてきたのではないだろうか。クラフトビール、クラフトチョコ。クラフト感あふれる○○のライフスタイル、等々。ところが、この身近に感じるところが「スロイド」本来の姿を煙にまき、よりわからないものにさせてしまう。
「手仕事」はつねに身近だったわけではない。以前はこの語へのイメージは、もっとより特殊な訓練を受け高度な技術をもった職人の技、という感じだった。伝統工芸品にみられるような卓越した技巧を、すばらしい「仕事」というように。そしてそれらが「手」でおこなわれているのだ、と讃えるように。そうした「手仕事」は、身近とは真逆に、僕らの普段の生活の場からはだいぶ離れたところにあった。
話は前後するが、実は「手仕事」という言葉が身近になり、「丁寧な暮らし」的な意味をたずさえて、僕らの日常的な生活の場に降りてきた理由の一つは、2000年代に活躍を始めた(今はすでにレジェンドともいっていい)一部の優れた工芸作家の方たちの活動があったためだ。その人たちの作るものは「生活工芸」と呼ばれた。それは、いわゆる伝統的な工芸品となり手に届かなくなってしまった食器などの日用品を、生活者の生(せい)の現場に取り戻そう、という潮流だった。
苔を使った卓上ブラシ。
こんなふうに日本語一つをとってみても「手仕事」のイメージ、その指し示す内容は時代とともに変化する。しかし、だからそれをもってして、「スロイド」を「手仕事」と訳しては違和感がある、というのではない。かつての、人を寄せ付けないような圧倒的な伝統工芸品の「手仕事」という言葉も、身近になった、こんにちの生活に温もりを与えるクラフト○○の「手仕事」という言葉も、いずれもその本質は、作られる際の「丁寧さ」や、使う際の「丁寧さ」にあるという意味で同じであるように思う。大事なキーワードといった「丁寧さ」をまたしてもカタカナ英語で別の表現にすると「リスペクト」になるだろうか。僕のイメージでは日本語の「手仕事」はモノが中心にあり、それを取り巻くように、作り手の技や使い手の生活、が広がっている。作り手も使い手もモノに従い、モノへの「リスペクト」を忘れない。
ストックホルムにあるヘムスロイドのお店。Svensk Hemslöjd(スヴェンスク・ヘムスロイド)。
ではスウェーデン語の「スロイド」はどうなのか。繰り返すが、これを逐語訳して「クラフト」や「手仕事」にしたときに、何がずれているのか。何が抜け落ちるのか。それは、どこに中心があるか、の問いではないだろうか。そして「スロイド」における中心は「自分」であるように思う。周囲に広がるのは逆にモノのほうだ。
自著「北欧スウェーデン 暮らしの中のかわいい民芸」ピエブックス。
僕は数年前、スウェーデン各地のヘムスロイドを紹介する本を作ったことがある。そこで出会ったある施設の責任者の言葉が忘れられない。そこは特殊な色合いをもつ刺繍で有名な地域のSlöjdhus(スロイドヒュース)という施設で、これまでの伝統を後世に伝承していくために、過去の作品の展示をはじめ、地元の若い子を対象にワークショップを開催するなどをしていた。その責任者に僕は少し意地悪な質問をしたのだ。「刺繍の伝統を残すといっても昔とは環境が違う。それでも残そうとしたとき、最も継承しなくてはならないのはなんだと思いますか。この特徴的な図像か、色彩か、それともテクニックか」この土地の刺繍を構成しているこの三つの要素、そのどれかが欠けたらどうとらえるのか。例えば同じ色彩の文法、同じテクニックを用いながら、モチーフとしてロケットと宇宙の図像を刺繍したら、それは伝統を継承していることになるのか。逆にいえば、この土地の刺繍にとって何が一番大事なことなのか、を探るための問いかけのつもりだった。あなたならどう考えるだろうか。
そのSlöjdhusetがあるブレーキンゲ地方の刺繍。褪せたような色が特徴。
その責任者はしばらく考えた後、こう答えた。「(継承すべきは)個人のクリエーションね」 驚くべき答えだ。全く予想もしていなかった。「ヘムスロイド」にとって、個人のクリエーションに立脚していることこそがその本質だという。中心に「自分」がある、といったのは「作り手」であり「使い手」でもある、それらを引き受けた「自分」のことを指す。モノ(この場合の刺繍)は中心にない。刺繍をささえる要素が失われても問題ないのだから。
日本語が指し示す「手仕事」にももちろん素晴らしさがある。しかしそこには「自分」はいない。あるのは、中心にあるモノ、そしてその周囲にいるそれぞれ別の役割を持った、丁寧に作る作り手と、丁寧に使う使い手だ。だからこそ優れた強度を持ったモノが日本には多いともいえる。一方で「ヘムスロイド」の国にはそれとはまた違った形で違った強度があるのだ。そこが本当におもしろい。
Take care. Noritake
写真・文:アケチノリタケ
スウェーデン生活は、2007年の北極圏のキルナで、極夜のなか幕開け。月日は流れ、今はストックホルム郊外の群島地域で家族3人の生活です。クラフト、デザイン、ライフスタイルの分野を中心に、日本とスウェーデンの架け橋になるような活動をしています。互いの文化の同じ/違うところにふれながら、自分の輪郭がぼやけていくのを楽しむ日々です。
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