#07 S:Segling(セーグリング)

スウェーデン ABCブック

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Segling  
セーグリング 
名詞 
Segel(セーゲル、帆)を用い風の力を利用して移動する様々な方法の総称。水上を移動する帆船だけでなく、氷上のスケートなどもふくむ。 
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僕の父は高校時代は山岳部、大学時代はヨット部に所属していた。デッキに降りかかる波、突然がなりたてるメインセール、左右に振れる獰猛なブーム。これらは僕の幼い頃の、父と海とヨットに関する思い出だ。そのいかにも緊急事態のような景色のためだろう、僕はヨットにそれほどの興味をもてないまま大きくなった。どちらかといえば海は怖いところだった。 

後年、幾度か父に呼ばれて海に出ることもあった。その時すでに彼のヨットの楽しみ方は自然との対峙よりも、ただ穏やかに船上で仲間達と酒を酌みかわすものになっていた。だから僕は、またしても、そこに場所をみつけることができず、ヨットの魅力をよく考えることもないまま、それを通り過ぎてしまった。今ではもう教えを乞う父もいない。 

それが巡り巡って、スウェーデンでこうしてまたヨットに出会い、ヨットに興味を持つ、とは夢にも思わなかった。僕は群島の入り口にすんでいる。集落にはそれぞれのハーバーがあり、ほとんどの家が、大きさの違いこそあれ、1、2の船をもっている。手漕ぎのボート、ディンギーなどのシンプルなヨットからクルーザー、マッチョなモーターボートまでさまざまだ。そしてこの季節になると、皆海にくりだす。それは決して高所得者の優雅な趣味なのではない。アスファルトの道で軽自動車を走らせる感覚で、彼ら/彼女らはライフジャケットを身につけ船に乗り込む。 

僕らのハーバーをでて、まずやることは、モーターを推進力にしてゆっくりと長い入江を抜け、小さな島を縫うように外洋へと向かうことだ。見えない浅瀬も多いので、僕のような初心者は海図からは目が離せない。 

島影がまばらになってきたらセールをおろす。Seglingの開始だ。 

風の方向、船の進路、水深をしめす海図、潮の表情、他の船の動き。みるべきところ考えるべきところが同時に立ち上がる。せいぜい時速10数キロなのに、判断することが多すぎて景色の流れ方がとても速く感じる。気づけばあっという間に2時間ヨットと格闘をしていた。 

もちろんこれは僕が下手くそだからだ。思うように風を捉えられず、それを思うように進路にかえることができない。元々の予定だった航路を断念して、以前もきたことがある小さな湾に錨を下ろすことにした。ここに停泊し岩場にあがり休憩する人、湾で泳ぐ人、そのままここで夜を明かす人もいる。老夫婦、子供連れ。簡素なサンドイッチと缶ビールの人もいれば、スパークリングワインのグラスを傾ける人もいる。実に人それぞれだ。 

デッキで一息ついていると、一緒に乗っていた、僕の指導教官役をかってでた隣人が僕に言った。「結局のところどこに向かおうが関係ない。その場所に時間内に着く必要もない。ただ今この瞬間を楽しめばいい。それがヨットだ(だから力任せのマッチョなモーターボートはつまらん)」。なるほど。思い起こせば、風と格闘する父も、デッキでただ酒に酔う父も、同じヨットへの愛のまま、まさに今を楽しんでいたのだろう。 

その隣人は翌日、再びヨットに乗り込んだ。そして船中泊をして帰ってきた。なんだかんだいっても僕の不慣れな操舵とあの短いSeglingでは消化不良だったのかもしれない。 

Take care. Noritake 

写真・文:アケチノリタケ
スウェーデン生活は、2007年の北極圏のキルナで、極夜のなか幕開け。月日は流れ、今はストックホルム郊外の群島地域で家族3人の生活です。クラフト、デザイン、ライフスタイルの分野を中心に、日本とスウェーデンの架け橋になるような活動をしています。互いの文化の同じ/違うところにふれながら、自分の輪郭がぼやけていくのを楽しむ日々です。
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