#12 非日常と何もしない旅

スウェーデン ABCブック

スウェーデンの夏休みは4週間から5週間。分けて取る人もいるけれど、いずれにしてもこの期間、旅行をするとなるとかなりの長い間、家を空けることになります。行き先はサマーハウスだったり、遠方の実家や友人を訪ねたり、もちろん全くのレジャーで外国のリゾートだったり。それなりに一応の目的はあるのだけれど、こんな長期の旅となると、どんな感じでそれに望むか、というのは僕が知っている旅の心構えとはだいぶ違うものになるような気がします。 

僕のキールナの恩師は毎年夏になると自宅から車でストックホルムのサマーハウスまでやってきます。兄弟のもとを訪ねたり寄り道をしながらの旅は往復でゆうに2500kmにはなるんじゃないでしょうか。彼女のサマーハウスは両親が長年働いていた離島にあって、そこで彼女は泳いだり本を読んだり、たまに友人が遊びにきたり、でもその大半は何をするわけでもありません(いやいや家族の思い出がたくさん詰まっている場所だから頭の中では思い出話で忙しいのかも)。 

今年の我が家は最近かよいつづけている南スウェーデンに行ってきました。何をするでもなく、と書いたけれど、それは本当に難しいことで、僕にとっては行き先で何をするかリストに書き出して、それをこなしていくようなのが旅なんだ、と頭にしみついているところがあります。 

この景色を見ながら(いや見ていないのかもしれない)僕はこの後ランチはどこにいこうかと考えていたり。 

旅でインスピレーションを得るのとインフォメーションを得るのを混同している、と言っていいかもしれません。ここの遺跡は何年代だとか、ここのレストランは地元の食材でとかなんとか。それはそれで、もちろん楽しいことではあるし、知的な刺激を受けることはある。いくつかのぼんやりとしていた知識が旅先のたったひとつの新しいピースでつながってストンと腑におちることだって楽しい経験です(今回の旅でも小さなストンはありましたよ)。 

行ってみたかったレストランで満足したのは、行ったから、だろうか? 

けれども、当たり前だけど、何もしない、ただ何かが自分の身に降りてくるのをまつ、ということすらも期待しないような、そんな「時間の使い方」を、日常生活の真只中でできるはずもなくて、じゃあそれができるのはいつかといえば、夏休みしかないわけで、しかもその中でももっとも日常から離れた「旅」の間にしかないんじゃないか。 

夕食後にぼんやりと散歩をしてみたり。 

陽が沈むまで浜辺に腰を下ろしてみたり。 

朝のかすむ水平線に目をこらして地球の丸さを想像してみたり。 

僕にはそれが本当に難しい。旅先で何もしないスウェーデンの人を見ると、ただもう憧れてしまう。 

そんなこんなの日常から離れた瞬間を、僕はついつい非日常と呼んでしまいがち。そしてそんな非日常という言葉にひきづられて、日常的ではないイベントを旅に押し込んでリスト化してしまう。結果的に非日常的な旅にはなるけれど、「時間の使い方」としては実に日常的なものになってしまうんですよね。。。本当に難しい。 

でも今回、一番美味しかった食事はなんだったかな、と旅を振り返ったとき、真っ先に思い浮かんだのは、農家の無人販売所で買った卵とバターで作ったエッグトーストだったんです。本当においしくて、毎朝作るのが楽しみだったなあ(パンもバターたっぷりのフライパンで一緒に焼くのがコツ)。これはもしかしたら大きな一歩なのかもしれません。 

Take care. Noritake 

写真・文:アケチノリタケ
スウェーデン生活は、2007年の北極圏のキルナで、極夜のなか幕開け。月日は流れ、今はストックホルム郊外の群島地域で家族3人の生活です。クラフト、デザイン、ライフスタイルの分野を中心に、日本とスウェーデンの架け橋になるような活動をしています。互いの文化の同じ/違うところにふれながら、自分の輪郭がぼやけていくのを楽しむ日々です。
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