#15 舞台・野外・無料

スウェーデン ABCブック

東京で一人暮らしをしていたとき、僕は下北沢という街に住んでいました。だいぶ前の話ですけど。あの街には色々なものがごちゃごちゃとたくさんあって、本当に楽しい場所でした。新築だったけど18平米で天井が低いワンルームアパートの自室と街は文字通り「つながって」いて、つまりキッチンやバーカウンター、書斎、息抜きのコーヒーをのむためのソファは、家の中にある必要はなく、僕は街という広がりのある空間に住んでいるんだ、そんな感覚がありました。 

ところが、今僕が住んでいるのが郊外だということ、そして昨今の事情もあわせて、一体全体「街に居場所をみつける(というのが大袈裟であれば、単に、街をぶらぶらする、というのでもいいのですが)」というのがどういう感じだったのか、もはや思い出せなくなってしまいました。街に行くバスの中で、車窓越しの車にマフラーがあるのかないのか確認する息子(なければ「電気自動車だよ、パパ!」と逐一おしえてくれます)のとなりで僕はそんなことを考えていました。手にはもちろん、街でやることリストを持ちながら。 

というわけで、街に行くときは必ずなんらかのある程度差し迫った目的があるようになってしまったわけですが、今回のそれは主にふたつありました。 

ひとつ目は子供図書館。息子は秋から小学校にあがります。それを前にした夏休み、学校からはいくつかのかわいい課題がだされていました。その一つに「素敵な本を読もう」というものが。それを探しにきたわけです。場所はストックホルム中央駅ちかくにあるStadshuset(キュルテュールヒューセット=文化会館)の中。だいぶ前にリニューアルされたのですが、コロナの関係でオープンが遅れていました。現在は予約制の入場制限が施されつつ利用が可能です。 

無事、良さそうな本を息子と見つけたのですが、ここで問題が発生。ふたつ目の目的が実は公園で行われる野外舞台。ところが気づいたら窓の外には天気予報になかった雨が。 

結果的に予約していた17時の公演は中止に。会場の職員いわく「19時の公演までには雨はあがる予報で、当日席があると思うので時間があればきてみてください」とのこと。しかたない時間をつぶさなくては。不満そうな息子をなだめるために、彼の好きそうな場所(文化会館のチェスルーム → ボルボのショールーム → ポールスターのショールーム、パフェ)をまわることに。なんだ結局、街をぶらぶらしてるじゃないか。 

自動車メーカのボルボから生まれた別ブランドPolestar。電気自動車です。息子のお気に入り。 

さて、天気も回復。19時公演の当日席の列に並んでいたところ「孫が来れなくなったからあげるわ」という親切なおばあさんからチケットをいただいたりで、無事舞台を鑑賞することができました。 

19時からの会に並ぶ人たち。今回の会場はDjurgården(ユールゴーデン)の公園。

この野外演劇、Parkteatern(パルクテアーテル)というもので、古くからストックホルムの人々に親しまれている夏の文化イベントです(来年は80周年)。先程のストックホルムの文化会館(のシアター部門)が主催をしていて、毎年6月〜9月の期間中、市内の公園にステージを仮設し、コンサート、サーカス、ダンスや演劇など、毎週ことなるプログラムを上演しているんです。そしてそれらは全て無料。 

僕らが観たのは2020年春にストックホルム芸術大学を卒業したメンバーによる4onBoardのアクロバティックな演目。 

というのも基本理念に、文化的な体験を得ることは全ての人々の権利だ、というのがあるため。たしかに客席には小さな子供から高齢者まで。そして家族連れがとても多い。おそらく普段はこうした舞台にあまり足を運ばない家庭もあるでしょう。そんな中、毎年こうしたイベントがあれば、子供たちにあたらしい世界を見せることができる。そしてそれは、発表の機会があるという意味で、演者にとっても素晴らしいこと。文化の厚みというのはこうして生み出されるんだろうな、と考えさせられたひとときでした。 

今回はこの辺で。 

Take care. Noritake 

写真・文:アケチノリタケ
スウェーデン生活は、2007年の北極圏のキルナで、極夜のなか幕開け。月日は流れ、今はストックホルム郊外の群島地域で家族3人の生活です。クラフト、デザイン、ライフスタイルの分野を中心に、日本とスウェーデンの架け橋になるような活動をしています。互いの文化の同じ/違うところにふれながら、自分の輪郭がぼやけていくのを楽しむ日々です。
instagram
https://www.instagram.com/aurora.note/

RELATED ARTICLES

PICK UP