『ゆっくりのんびり、自分のペースで』

北欧 フィンランドからの手紙

フィンランドに住むようになってより身近な存在になったもの、それは運動である。日本に住んでいた時は、週に数回ヨガに行ったり、ジムに行ったり、ランニングクラブに入って多摩川沿いを10km走ったりしていたけれど、全然運動しない月もあったりした。周りを見渡しても習慣的に運動している人はそこまでいなかったような気がするし、友達と定期的にスポーツしたりする機会は年に2回程度だったような気がする。

そもそも、運動には苦手意識があったように思える。それは義務教育を通して叩き込まれた「スポーツ=競争、勝ち負けを決めるもの」という考え方の影響を強く受けたからで、自分はたいして運動神経が優れているわけでもないのだから、わざわざ劣等感を思い起こさせるために運動なんてしない方がいいのではないかというやさぐれた気持ちがどこかにあったのだと思う。

数年前に放映された日本のテレビ番組で、フィンランドの視察団が日本の運動会の様子を見て驚き、「日本では運動を『競争心を磨いて成長するためのもの』ととらえているのに対し、フィンランドでは『将来まで続けて健康を維持するのが大事』という考えがある」というスポーツへの考え方の違いを取り扱ったものが話題になった。

実際にフィンランドの教育の現場では、競争心を磨くこともよりも大事なこととして身体を動かす楽しさを知ること、ほかの誰でもなく本人がやりたいという気持ちを持ち、尊重され、そして守られているという安心感を持てる環境があること、無理強いするのではなく、ポジティブなイメージを持ってもらうことで自ら習慣化していくきっかけを与えることを重視しているそう。

フィンランドに来て、様々なスポーツに挑戦するようになった。ボルダリング、ブラジリアン柔道、スケートボード…。ぜんぶ誘ってもらったり勧めてもらったのがきっかけだ。確かにこの国の人々は、よく運動する。統計によれば成人の場合、平均して週に4日は運動するそう。全然しない人もいれば毎日する人もいるので、平均4日。それだけ余暇もあるし、そして何より、運動は身近なものなのだ。

そんなフィンランドも、かつては運動不足人口割合と心臓疾患率が他国に比べて高く、「不健康国家」のレッテルを貼られていたそう。フィンランド政府が国民の健康水準を高めるため運動促進や人々の意識を変えるべく本格的に乗り出したのは1970年代のこと。打開策のひとつとして遂行されたのが、インフラ整備の実施だ。

国家予算を地方政府に配分し、市民が気軽に利用できる清潔でリーズナブルなスポーツ施設の数を増やしたことで、国民の行動パターンに変化が訪れたという。確かにプール、身近にたくさんある。フィンランドに来て何度行ったことだろう。1回の利用料金は5.5ユーロ(約685円)。大抵はサウナもついている。しかも2種類。大きくてそこまで混んでないので使いやすい。大きなロッカーは使いやすいし、床もトイレもぴかぴかなところばかり。

フィンランドに来るまでは水泳が苦手だったのに、フィンランドに来てからは海や湖や川でたくさん泳ぐ機会が土地柄激増し、そして自ら進んでプールに行くようになった。なぜ苦手だったかといえば、水泳は競争するものという固定観念を強く抱いていたからだった。小学校の時の水泳の授業では、泳げる距離や泳ぎ方の種類で帽子につけるゴムの数や色が変わった。泳げる子はどんどんゴムの色が変わっていくのに、私だけ白い線のまま…。どんどん置いてきぼりになって、しかも真面目にやってないと先生に怒られるのが本当に嫌だった。いつか水泳は私にとってできるだけ避けたいスポーツになってしまっていた。

20年後の今。フィンランドで友達や家族、そしてひとりで海や湖でぷかぷか数時間浮かぶ夏を幾度か経験して、泳ぐことは気持ち良いこと、楽しい時間、そして自分の心や身体の状態を確かめたりできる、とてもリラックスできるスポーツだということに気がついた。それからというもの、かつて苦手だったはずの水泳や大好きなものに変わった。好きなだけゆっくり泳いで良いし、どんなに遅くても誰にも笑われたりしなくて良いのだ。もっと早くから知っていたかったな。

この秋はジムに週に4回くらいのペースで通っていたものの、コロナの影響で12月20日までプールもジムも閉鎖を余儀なくされた。でも大丈夫。私は自分のペースで身体を動かす楽しさを知ったから。家でヨガや腕立て伏せをして、のんびりと次に公共の場でスポーツできる日を待とうと思う。あと、スポーツじゃないかもしれないけど今年挑戦してみたいのはアイス・スイミング。氷点下の中を泳いだら身体がどんな風になっちゃうのか、こわいけど楽しみ。





写真・文 : 吉田 みのり

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