番外編 (6) 人生を振り返ったり、魂が癒されたり。レモンの香る道・アマルフィ海岸の「レモンの道」へ

北欧 フィンランドからの手紙

アマルフィ海岸の小さな町、マイオーリとミノーリを結ぶ「レモンの道(Sentiero dei Limoni)」を歩いた日は、人生で一番忘れられない一日となった。

「思い出作り」という表現をたまに耳にしたり目にしたりするけれど、思い出は作ろうとしてもなかなか作れないもので、作ろうともしていなかった時間の先に、結果的にいつまでも思い出に残ったりしてしまう出来事や感情があるものなのではないかなと思う。一生懸命生きた日々。誰かと心が触れ合った瞬間。魂が生まれ変わるほど強い衝撃を与えてくれた言葉や映像、場所。そして大人になって感覚が鈍くなると、または似たような経験を重ねていくと、ちょっとやそっとじゃ心動かされることに出会わなかったりする人もいるだろう。生きているうちになんとなく疲れたり、挑戦することが煩わしくなったり、傷つきたくないからと誰かに心を開くことをやめてしまったり。

私にとってレモンの道は、まさに魂が生まれ変わったような感覚になったほど、自分の中にある純粋なものに触れて、人生の喜びを改めて気づかされるきっかけとなった道だった。

そもそも南イタリアはアマルフィ海岸に来たのは、いつかは必ず自分の名前を持つ町・「Minori」に訪れようと決めていたから。ミノーリにたどり着くためには、ナポリからソレントへ、そしてソレントからアマルフィへ行くのが最善の方法だった。ミノーリ(小さいの意味)に行くには、比較的大きな規模の隣町のマイオーリ(大きいの意)からレモンの道を通って行くのが一番楽しいという情報を得て、レモンの道をたどることになったのだった。

レモンの道の入口。

紺碧色の地中海を臨む絶壁に作られた古の道で、幾つものレモン畑や素朴で穏やかな民家を通り抜けていく。この日はぽかぽか暖かく、トカゲをたくさん見るほど山道はギラギラと太陽が照りつけていた。

丸々とたわわに実る。大切に育てられたレモンが、古の道にぎっしり。空は晴れ渡り、海はコバルトブルー。黄金のみずみずしいレモンが私たちの視界を果てしなく飾り、レモン農家の民家の庭でのんびり過ごす老夫婦を見かけて、こんな場所で生まれ育ったら、どんな人生になっていただろうと想像してみる。

こんな豊かな土地で育む命は、何を見て、何を考え、何を願って生きるのだろう。

とにかくレモン。

猫がたくさん日向ぼっこしている様子もたくさん見かけた。みんなフレンドリー。

この道は狭く階段ばかりなので、車もバイクも通らない。安全な場所で暮らせて幸せな猫たちに違いない。

車もバイクも使えない階段だらけの岸壁の道から、栽培した大量のレモンを運ぶのは、力が強くて記憶力の良いロバ。確かにソレントからアマルフィに来るとき、何かを背負ったロバを何頭か見かけた。とっても働き者のロバは昔からこの土地で重宝されてきたに違いない。ロバをモチーフとした陶器で出来た飾りもよく見かける。

「レモンの道」には階段の数を教えてくれる印もあり、残り何段か教えてくれる。

すやすやと気持ち良さそう。

レモンの道を歩いてたどり着いた自分と同じ名前の小さな町「ミノーリ」は、やっぱりレモンだらけの町。標識も町のあちこちの飾りも、みんなレモン。

近郊の漁師町・チェラータで作られる伝統的な魚醤、コラトゥーラが隠し味のレモンスパゲッティは絶品。夫が頼んだリゾットもやっぱりレモンリゾット。もうレモンなしの人生なんて考えられない。

ミノーリのビーチで拾った小石も、やっぱり陶器のかけらのような素敵なもの。この土地に来れたことに感激して、嬉しくてずっと夕焼けを受けてオレンジ色に眩く輝く波の形を目で追っていた。

2016年と2017年にサンティアゴ巡礼(カミーノ)をして以来の、この感覚。宇宙は私を生かしてくれるているのだなぁ、この目で見る世界も、世界を受け止める心も、奇跡が折り重なってここにあるんだ。そう思うと、世界にどんな恩返しができるか、自分には何ができるか、じっくりゆっくり考えていかねばな、という気持ちになるのでした。

文 : 吉田 みのり

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